2023.12.13

取材

クリニック開業後の転換期を乗り越えた戦略的分院展開と自律型スタッフ教育術

お話を伺った方

老木 浩之 先生

医療法人hi-mex

理事長

老木 浩之 先生

クリニック経営では、開業前はもちろんのこと、開業後も経営フェーズの変化に応じた様々な悩み・課題に直面することがあると思います。

特に経営が安定化するまでの道のりにはいくつかの転換期があったと語る経営者は少なくありません。

大阪府の医療法人hi-mexは、本院の老木医院開業から22年、スタッフ教育と経営安定化、双方の転換期を乗り越え、地域で一番の耳鼻咽喉科クリニックとして成功しています。

今回は、現在の法人の姿になるまでどのような転換期があり、それぞれの課題をどう乗り越えてこられたのか、理事長の老木先生にお話を伺いました。

1.スタッフの向上心を活かし、仕事を自分事にするスタッフ教育

老木先生が開業後まず直面したのは「人」の問題でした。

開業当時、医院の立ち上げに注力するあまり、スタッフが毎月1人ずつ退職してしまうような状態に陥ったそうです。

そこで、老木先生はスタッフ教育に力を入れるようになりました。

老木理事長:開業時は”いかにクリニックのウリを作るか”という部分を重要視するあまり、スタッフ教育についてはあまり考えられていませんでした。そんな中、医療系の雑誌で、「看護師の離職率の低い病院は、勉強会を積極的に行っている」という内容の記事を読みました。その記事を通じて、人は本質的に成長したいと思っているということに気づき、驚きました。それ以来、スタッフの教育には時間と費用を惜しまないようになりました。

研修は受講して終わりではなく身につける仕組みをつくる

老木先生が、まず最初に力を入れたのは研修の仕組み化です。

向上心や学習意欲は誰しもがもっているものなので、さらに伸ばすような機会をつくることが大切だと考え、院内での研修に加え、院外研修にも参加する機会を設ける等、積極的に学ぶ環境を整えました。

老木理事長:当法人では、スタッフの学びたい・成長したいという意欲に応えることを重視しており、スタッフが希望する院外研修には積極的に参加を促し、費用面も支援しています。研修終了後には院内で報告会を開催し、得た知識やスキルを他のスタッフと共有することで、医院の運営に活かしています。

また、老木先生は研修は一回だけではなく、繰り返し受講することが大切とおっしゃいます。

老木医院では、各種接遇研修に毎年、未体験のスタッフ1〜2名を参加させます。

後日、院内で報告会をするので、接遇研修の体験済みスタッフに再認識させる効果も得られます。

老木理事長:接遇研修1回の受講だけでは、身についたスキルは3日で半減し、3週間で10%、3ヶ月で0%とどんどん薄れてしまいます。定期的に繰り返し学ぶことが、スキルを確実に身につける上で非常に重要だと考えています。

 理念浸透で自ら考え、行動できるスタッフを育てる

研修で新しい知識等を学んでもらうことも大切ですが、医院の仕事を自分事化してもらうためには、何を目指すのかという方向性をスタッフ間で共有することも欠かせません。

老木先生は、そのために理念を活用されています。

医療法人hi-mex(ハイメックス)の理念

『良質な医療と癒しの空間の創造』

「良質な医療」とは、確かな診断、適切な治療、高い安全性を最優先に、患者さんに納得していただくことを意識して取り組んでいく医療です。

「癒しの空間の創造」とは、私たちが笑顔と優しさを持ち、癒しの空間を患者さんと共に創り上げていくことです。

この理念に共感する仲間が助け合って、イキイキした職場づくりを目指しています。

老木理事長:そもそも、医療には“患者を助ける”という普遍的使命があるので、理念の必要性を感じなかったり、医院独自の理念を創造するのが難しいという面はあるかもしれません。しかし、職場の理念を掲げ、言語化することにより、スタッフはそれに共感して集い、また自分の想いと同化させて、働き甲斐につながるのです。

老木先生が掲げられる理念は、「良質な医療」そして「癒やしの空間」がどういうものかが言語化されています。

この2つを創造していくためにそれぞれの仕事があるということを理解してもらうことで、スタッフは自分で考え、行動できるようになります。

老木理事長:自分の思いをもって仕事に取り組むからこそ、自分事として働けます。スタッフに自分事として働いてもらえないと、その職場の強みが薄れてしまいます。だからこそ、理念に共感して、「自分も頑張りたい」と自分の中から出てくる気持ちをパワーにして働く人を一人でも増やしたいんです。どこで働いても同じだと思っていたら、そんな気持ちも生まれないですよね。

与えられた仕事をこなすという意識ではなく、理念にあるクリニックづくりに自分たちも参加しているんだという当事者意識をもって仕事をしてもらうことが、スタッフの成長につながり、安定的な診療体制の礎になっているということでした。

2.経営戦略としての分院展開 手術数の確保と、広範囲な診療圏確立による経営安定

スタッフ教育が安定し、理念に共感したスタッフが自律的に働いてくれるようになったことでクリニックの運営体制も整ってきました。

その頃から、経営戦略の一環として分院展開を進められてきました。

老木医院の特色である短期滞在手術の手術数の確保

老木医院が開業時からクリニックのウリとして最も力を入れているのは、短期滞在手術です。

手術を行うための設備や専門スタッフの配置には大きなコストがかかります。

経営を成り立たせていくためには、なるべく多くの手術を行っていく必要がありました。

2006年には増改築で手術室を増やし、さらに多くの手術ができるように設備面を整えました。

そこで課題になったのが、手術患者数です。

手術を必要とする患者を、より多く老木医院で受け入れていくための戦略として、老木先生は、2011年に同じ和泉市内に「みらい耳鼻咽喉科」を開院しました。

総合的に患者数を増やし、手術を必要とする患者を本院に紹介するという仕組みを整えました。

▲手術の様子

老木理事長:手術を実施する医療機関は、手術件数がコンスタントにある状態を作り出さないと運営が成り立ちません。当法人のように医師も何人かいて、それなりの手術件数を維持するためには、1つの医院だけに来る患者さんだけではまかなえません。ですから、紹介してくれる医療機関を自らつくり、インターネット上で周知を行っていくことが重要です。

和泉の耳鼻咽喉科と言えば老木先生 診療圏の確保

さらに2019年には、2つ目の分院として和泉中央駅に直結する立地で「はるか耳鼻咽喉科」を開院されました。

開業以来、老木医院の近隣にはほとんど耳鼻咽喉科クリニックがない状況が続いていました。

しかし、いつ競合クリニックが参入してもおかしくないと危機感を感じていた老木先生は、駅直結の立地の物件が売りに出されたタイミングで「はるか耳鼻科咽喉科」を開院することにしました。

地域を絞って分院展開をすることで、診療圏の確保ができるだけでなく、「和泉市の耳鼻咽喉科なら老木先生」と地域での認知度も高まったそうです。

その他にも、本院の休診日は分院で対応できたり、分院で手術が必要な患者さんは本院で診療したり等、患者の医療アクセス向上にもつながっています。

老木理事長:分院展開の効果もあってか、和泉市では多くの患者さんに当法人を認知していただくことができました。現在のところ、近隣に耳鼻科の先生が新規開業することはあまりありません。少し離れた地域で開業されている先生からは、「和泉中央駅近くで開業しようと思ったけど、老木医院があったのでやめました」と言われたこともあります。

 3.組織の拡大とともにスタッフ教育もより強化

分院展開で、中間管理職の育成が必須に

分院展開により患者数・手術数が確保できるようになり、経営は安定していきました。

一方で、組織が拡大したことにより、医師・スタッフの人数が大幅に増加し、老木先生の目が届かないことで起きる問題も増えてきました。

その状況に対応するため、中間管理職の育成にも力を注いでいきました。

老木理事長:私一人では目が行き届かないのであれば、同じ目線で組織を見られる人材を育てる必要があると感じました。管理職は、経営者目線を持てるように育成します。そうすることで、より一層法人に対する理解も進み、組織を引っ張ってくれる存在になります。当法人では、管理職には手当てを出し、外部の研修にも積極的に参加してもらうことで、管理職としての意識を持てるようにしています。

管理職の成り手がいないというのは一般企業でも問題になっていますが、医療法人hi-mexではスタッフ全員に入職1〜2年後に「キャップ」という役職を任せているそうです。

これは管理職の登竜門となっており、スタッフ全員にリーダー的な役割を経験してもらいます。

リーダー的な役割に最初は抵抗がある人も、周りのみんながキャップになっていくことから、自分も順番としてその役割を受け入れやすくなります。

スタッフ全員に管理職につながるキャリアパスを用意することで、スタッフの抵抗感を和らげ、管理職の成り手を増やすことはもちろん、スタッフのモチベーション向上にもつながっているそうです。

理念の浸透のための地道な取り組み

また、分院展開による組織の拡大で理念浸透も以前のようにスムーズにいかなくなりました。

今までは老木先生が直接理念教育を行ったり、日常の業務内で理念に基づいた判断を促すことができていましたが、組織階層が深くなることで考えが的確に伝わりづらくなっていました。

そのため、スタッフが理念に触れ、考える機会をつくる取組みをされています。

老木理事長:組織が大きくなっても、理念を浸透させるためには、考える機会をなるべく多く設けていくしかないです。もちろん、中には参加に積極的ではないスタッフもいますが、働いてもらいながら、理念を少しでも理解してもらうように努めています。

理念浸透の取組みとして、入職時の理事長・事務長による研修に加え、月1回のトップメッセージ、年2回の全体会議が実施されており、外部研修と同様に定期的に繰り返し行うことを徹底しています。

まずはスタッフの入職時研修として、必ず老木先生自らが2〜3時間かけて理念を説明する研修を行っています。

さらに、その後は事務長による定期的な研修があり、繰り返し理念を伝えるようにしているそうです。

定期的な理念浸透の取組としては、月1回のトップメッセージの配信があります。

法人内のコミュニケーションツールを通じて老木先生の考えを伝える機会を作っています。

そして、年2回開催される全体会議では、集まったスタッフがそれぞれの仕事感について発表し、その仕事観が理念とどう結びついてるかを問うといったお題を通じ、スタッフ同士での理念のディスカッションが行われています。

このような地道な取り組みを繰り返し行うことで、常に理念を意識してもらえるような環境を整えています。

お話を伺う中で、医療法人hi-mexの経営戦略は、医療機関の経営過程でぶつかる壁にたいし、タイミングに応じて適切な対応をされてきたことがよくわかりました。

研修や理念への共感を通して自律的に考え、行動できるスタッフが礎となっているからこそ、分院展開という大きな挑戦にも舵を切ることができ、経営の安定化につながっています。

医療法人hi-mexの理念に込められた「理念に共感する仲間が助け合って、イキイキした職場づくり」を体現したスタッフが多く在籍していることで、彼らの活力によって、より地域社会で愛される医療機関へと成長していったのだと感じます。

編集後記

今回は、老木理事長の22年間の経営のあゆみについてお伺いしました。

開業後のスタッフ育成、分院展開、中間管理職の育成と、タイミングごとで自院のおかれている状況に対して、地道な取り組みを絶え間なく続けてこられ、地域での知名度を高めてこられたことが伝わる取材でした。

医療法人hi-mexの経営は、開院して間もない先生から今後の経営方針について考えをめぐらせている先生まで、幅広い先生方に、参考になるのではないかと感じました。

お話を聞かせてくださった老木先生、ありがとうございました。

※本ページに掲載している情報はすべて取材当時のものです。変更等が発生している場合がございますので最新情報はご確認ください。

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